概要
ラプラス変換とは、「フーリエ変換」とよく似た式で表される積分変換 (積分の形で表される、関数→関数の変換)の一種です。
ラプラス変換は簡単に言うと、フーリエ変換において iω となっていた部分に s を代入したもので、 フーリエ変換を拡張したものになっています。
フーリエ変換が主に周波数解析(定常応答解析)に使われるのに対して、 ラプラス変換は過渡応答や安定性の解析に使われます。
ラプラス変換の定義
連続関数 f(t) に対して、
∞ |
-∞ |
で表される積分変換をラプラス変換(Laplace Transform、ラプラスは人名(Pierre-Simon Laplace))といいます。
この式は、「フーリエ変換」の式中の iω (ω は実数)の部分に s (s は複素数)を代入したものになっています。
フーリエ変換では、微分演算子は iω に、積分は
に変換されます。
すなわち、ラプラス変換の変数 s は微分演算子に相当するものです。1 iω
ラプラス変換では、iω を s で置き換えたことによって、 →∞ 方向に非常に強い収束性を持つようになります。 フーリエ変換では、exp(-st) という周期関数を掛け合わせているため、f(t) 自信が →∞ において収束する必要があったのですが、 ラプラス変換では指数関数を掛け合わせているため、f(t) が →∞ で発散するような関数でもラプラス変換した結果が意味を持ちます。 (まあ、ちょっと難しい話をすると、現代のフーリエ変換の定義では、→∞ で発散する関数(正確には緩増加関数)も超関数的な意味合いでフーリエ変換可能です。)
しかしながら、逆向き(→-∞)方向に対しては強く発散してしまうため、 ラプラス変換は因果的な関数に対してのみしか適用できません。 因果的な関数というのは、ある時刻 T 以前では値を持たない関数です。 すなわち、ある値 T に対して、t<T となるような任意の t において f(t) = 0 となるような関数です。
ラプラス変換は因果的な関数にしか適用できないので、 あらかじめ積分範囲を [T, ∞) に絞って考えるのが一般的です。 通常は T = 0 として考えるので、ラプラス変換の式は以下のようになります。
∞ |
0 |
工学系応用分野ではこの式こそがラプラス変換の定義だと思って構いません。 上述の式をこちらを区別するために、前者を両側ラプラス変換、後者を片側ラプラス変換と呼ぶこともあります。 このページは工学的な応用を中心に解説していますので、片側ラプラス変換について説明していきます。
簡単化のために、以下のように、ラプラス変換を記号 L (筆記体の L)で表します。
また、F(s) のように、ラプラス変換後の関数を伝達関数と呼びます。 (制御やシステムなどの分野で使う用語。言葉の意味は「システム」で説明します。)
ラプラス変換の例
いくつか代表的な初等関数のラプラス変換の例を挙げておきます。
関数 | ラプラス変換結果 | ||
---|---|---|---|
c(定数) |
|
||
tn(多項式、nは自然数。) |
|
||
e a t (指数関数) |
|
||
cosωt |
|
||
sinωt |
|
これらは、ラプラス変換の定義から割りと簡単に計算することができるので、一度自分の手で計算して見てください。 (多項式は部分積分を繰り返して、sin, cos は sin = Imexp, cos = Reexp であることを利用して計算すると楽です。)
ラプラス変換の性質
ラプラス変換は、以下に示すように、フーリエ変換と非常によく似た性質を持っています。 (「フーリエ変換の性質」を参照。) 積分範囲を片側に限ってしまったために、ところどころ性質が異なっているので注意が必要です。
線形性
微分 ⇔ 多項式
微分演算子は s に変換されます。
d |
dt |
片側ラプラス変換では、定数項 f(0) が現れるので注意が必要です。
また、n階微分は sn に変換されます。
d |
dt |
こちらも定数項が現れるので注意が必要です。
逆に、多項式倍は微分演算子に変換されます。
d |
ds |
ただし、微分→sのときと違って、- 符号が付くので注意。
積分
積分は
に変換されます。1 s
t |
0 |
1 |
s |
積分範囲が「フーリエ変換の性質」のときと異なるので注意してください。
逆に、
は積分に変換されます。1 t
1 |
t |
∞ |
s |
積分→
のときとは積分範囲が逆なので注意。1 s
時間シフト
時間シフトは指数関数倍に変換されます。
逆に、指数関数倍はシフトになります。
シフト→指数関数倍のときとは a の符号が逆になるので注意。
畳み込み積
フーリエ変換と同様に、畳み込み積のラプラス変換はただの積になります。
ただし、フーリエ変換の場合と、畳み込み積の定義における積分範囲が少し異なります。 (-∞ が 0 になっています。)
∞ |
0 |
逆変換
逆変換の式
基本的に、ラプラス変換はフーリエ変換の式において iω = s としたものなので、 逆ラプラス変換も逆フーリエ変換の式に iω = s を入れて OK かというと、 実はそうもいきません。 詳細は説明しませんが、逆ラプラス変換の公式は以下のようになります。
lim |
T → ∞ |
σ + iT |
σ - iT |
まあ、積分の中身は確かに、逆フーリエ変換の式を iω = s としたものなんですが、 積分範囲が異なります。 虚軸に平行な線に沿っての積分になっています。
なんだか難しそうですが、実際には、この式そのものを使って逆変換を行うことはあまりないので安心してください。 では、実際どうするかというのをこれから説明していきます。
変換公式を頼りに逆変換
「ラプラス変換の例」で説明したように、
ea t →
などといった変換公式が成り立ちます。
この公式を逆にたどって、
1 s - a
→ ea t
というように逆ラプラス変換を行うことができます。1 s - a
こういうやりかただと、公式が適用できない場合にはどうするんだ?という疑問があるかと思いますが、 そのときはそのときであきらめます。 といっても、実用上よく使う関数はたいてい、公式だけで逆変換できますので安心してください。
例えば、多項式、指数関数、三角関数およびその積・微分・積分は、 ラプラス変換すれば全て s の有理式になります。 (時間シフトも絡むと、それに指数関数を掛けたものになる。これも公式に当てはめて逆変換可能。) なので、有理式の逆ラプラス変換さえできれば実用上結構有益だといえます。
さて、公式通りに逆変換できるのは以下のような形の関数です。
-
→11 s -
→e±a t1 s ± a -
→1 sn tn - 1 (n - 1)! -
→1 (s ± a) n
e±a ttn - 1 (n - 1)! -
s + σ (s + σ) 2 + ω2 →eσtcosωt
-
→eσtsinωtω (s + σ) 2 + ω2
これだけ分かっていれば、任意の有理式を逆ラプラス変換することができます。 任意の有理式は、部分分数分解により以下のように変形することができます。
∑ |
i |
∑ |
j |
1 |
(s - ai)j |
ただし、c, ci, j, ai は定数です。 元の有理式が実係数なら、これらの定数は実数または互いに共役な複素数のペアになります。 ci, j, ai が共役複素数の場合には、以下のように書き直すことができます。
∑ |
j |
αi(s + σi) + βi ωi |
(s + σi) 2 + ωi2 |
αi, βi, σi, ωi はいずれも実数の定数になります。 ここまでくればあとはこれらを先ほどの公式に当てはめて逆変換するだけです。 複雑な式になると、部分分数分解がちょっと面倒な作業になりますが、理論上はどんな有理式でも逆ラプラス変換することが可能です。
留数を使った逆変換
最初に述べた逆ラプラス変換の式の計算は、 「留数」というものを使うと多少楽に計算することができます。 これもここでは公式を示すのみにとどめ、詳細な説明はしません。 留数を使った逆ラプラス変換の公式は以下のようになります。
関数 F(s) の極を si (i = 1, 2, ・・・, N)とすると、F(s) の逆ラプラス変換結果 f(t) は以下のようになる。
N |
∑ |
i=1 |
有理式に対しても、この式を使えばものすごく簡単に逆ラプラス変換を求められるような感じがしますが、 有理式に対する留数計算も結局の所、部分分数分解を用いて求めたりするので、 先ほど説明した公式による手法とかかる手間はあまり変わらなかったりします。
微分方程式への応用
ラプラス変換を用いることで、線形時不変常微分方程式を簡単に解くことができます。
線形時不変常微分方程式は、一般に以下のように書き表されます。
N |
∑ |
i = 1 |
d |
dt |
これは、 H(D) =
N |
∑ |
i = 1 |
ai Di と置いて、
d |
dt |
と書き表せます。 ラプラス変換の性質から、 この式を両辺それぞれラプラス変換すると、以下の式が得られます。
ただし、F, X はそれぞれ f, x をラプラス変換したもの、 F0 は f の初期値によって定まる関数です。 したがって、F、x および f の初期値が与えられたとき、
X(s) + F0(s) |
H(s) |
という式で F を求めることができ、 さらにこれを逆ラプラス変換することで f が求まります。
安定性
線形時不変微分方程式の解 f(t) は、基本的に
という形(の関数の線形結合)になります。 c, s0 は複素数の定数です。
あるいは、s0 = σ0 + i ω0 と置くと、
と表せます。
ここで、時間が経過する(t が増加する)につれこの式がどうなるかを考えてみましょう。 まあ、式を見れば分かると思いますが、σ0 の正負によって結果が変わります。
-
σ0が正のとき、発散する。
-
σ0が負のとき、0 に収束する。
-
σ0 = 0(かつn = 0)のとき、sin, cos の項が残る。
解が発散するとき(σ0 が正のとき)、 解が不安定であるといい、 それ以外のときは安定であるといいます。 解が発散すると非常にまずいので、安定性の解析は重要な問題になります。
また、解が安定な場合でも、最後まで 0 にならずに残る sin, cos の項を定常解と呼び、 それ以外の部分を過渡解と呼びます。 (分野によっては定常応答、過渡応答と呼ぶ。) s0 = σ0 + i ω0 の 実部 σ0 は過渡解を表す部分であり、 虚部 ω0 は定常解を表す部分であるといえます。
さて、ここでラプラス変換に話を戻します。 f(t) をラプラス変換した伝達関数 F(s) が点 s0 に n 位の「極」を持っていると、 c tnes0 t という項が現れます。 先ほどの安定性の話とあわせて考えると、 伝達関数の極を調べれば解の安定性が分かることになります。 すなわち、以下のようなことが言えます。
-
伝達関数が複素平面の右半面(実部が正)の範囲に極を1つでも持つとき、解は不安定。
-
伝達関数の全ての極が左半面(実部が負)のとき、解は定数の収束する。
-
伝達関数の極が虚軸上(実部が 0)にあるとき、定常応答(sin, cos)が現れる。
周波数特性
最初に述べたように、 計算上、ラプラス変換は「フーリエ変換」の iω を s で置き換えたものです。 逆に言うと、ラプラス変換の結果得られた伝達関数 F(s) の s の部分に iω を代入したもの F(iω) はシステムの周波数特性になります。
では、この「s を iω で置き換える」という操作は一体どういう意味を持つのかを考えて見ましょう。 ラプラス変数 s = σ + iω の実部 σ はシステムの過渡解を、 虚部 iω はシステムの定常解を表すものでした。 「s を iω で置き換える」というのは、 「実部 σ を 0 にする」ことに相当し、 「過渡解を無視する」ということになります。 (したがって、フーリエ変換では過渡解や安定性の解析はできなくなります。)
前節で説明したように、伝達関数が安定(伝達関数の極の実部が全て負)な場合、 過渡解は 0 に収束します。 すなわち、十分な時間が経過すると、定常項のみが残ると考えて差支えがないということです。 これらのことから、以下のようなことが言えます。
-
ラプラス変換はシステムの安定性や過渡解の解析に用いる。
-
安定性が保証され、かつ、過渡解が無視できる場合、s = iωと置くことで伝達関数から周波数特性が得られる。
執筆予定
s 平面上の安定な領域を図示。 微分方程式への応用に具体例を追加したい。 最終値の定理とかも追加。 定数係数 線形 時不変 という言葉の意味も説明しときたい。 微分方程式の説明ページを別に作った方がいいかも。 → システムのページに説明を書いたんで、ref をつける。